メジュゴリエの偽聖母

カトリックの一部の者が惑わされている私的啓示「メジュゴリエの聖母」は神からのものではありません。それは公にも私にも容易に確認ができます。

ファチマとメジュゴリエの比較 1:4 御出現の頻度(ファチマ)

4御出現の頻度

 第1の御出現の時から、ファチマでは、いつ、何回御出現があるかが正確に定められていました。1度で、もはや、この御出現がこれからどこに行くのかが分かっていました。

「『あなた様は私に何をお望みですか』と(ルチアが)聞きますと、『私は、あなた達がこれから6ヶ月の間、月の13日の同じ時刻にここに来ることを求めに来ました。それから、私はあなた達に私が誰が、そして私が何を望むかを言いましょう。後に私はまたここに7回目に戻ってきましょう。』」

 毎月聖母は約束を守りここに御出現になりました。そして、全ては、最終の10月13日の御出現へと秩序付けられていました。聖母は、ご自分の言われた約束を正確に一字も違わずに守られました。ここには曖昧さが少しもありません。ハイはハイ、イイエはイイエです。

5御出現の言葉遣い、態度、たち振る舞い

 ファチマの御出現は、完璧に天主の御出現にふさわしいものでした。「聖母にしては、ちょっと・・・」と思わせるようなことも、「まさか聖母が・・・!」と思わせるようなことも、全く何もありません。御出現は常に厳粛で、憐れみに満ちています。

 子供たちからも、1つも無駄な質問がありませんでした。

「『あなた様はどこからいらっしゃったのですか?』と(ルチアが)尋ねますと、『私は天からのものです』と答えられました。」

6御出現前後の聖職者の態度

 これも全てがはっきりしています。御出現前にはこの子どもたちのことを良く知っていたという司祭は1人もいませんでした。最初の5月13日の御出現の後に、そして、毎月の13日にルチアの母親は子供たちを司祭館に連れていきました。主任司祭であったフェレイラ神父は、彼らを冷たく詰問し、厳しく脅迫します。恐るべき審問。人を冷たくこわばらせるほどの厳しい尋問。彼らに何らかの同情と愛情をいくらかでも示した司祭がいたとすればそれは、フォルミゴンFormigao師が最初でした。しかし、フォルミゴン師がアルジュストレルAljustrelに来たのが9月の13日のことでした。しかし、メッセージのテーマは全てその前に告げ知らされていました。

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